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奈良地方裁判所 昭和51年(行ウ)2号 判決

原告 天道浄諦

被告 天理市長 堀内俊夫

右訴訟代理人・弁護士 木本繁

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「天理市という市名を山の辺市に変更せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因としてつぎのように述べた。

「一、天理市はその市名につき、一特定宗教々団である天理教の名称を借用しているところ、これは地方自治体が右特定宗教教団を特別に支援している如き感を世人に与え、また後記三のように現実に支援している点で憲法二〇条に違反する。

二、信教の自由は憲法において保障せられた国民の権利であるところ、右市名は市民全部が天理教信者のように誤解される点において右憲法に違反する。

三、天理市は現実に天理教と癒着した市政を行なっているものであって、目下建設進行中の「八十四面神のやかた」については、天理市民の大半が迷惑しているし、また毎年市費の僅か一〇パーセントを天理教から寄附を仰いでその代償に、その数倍に相当する固定資産税徴収可能物件(礼拝に無関係な物件)に対する賦課をせず、昭和四二年一〇月五日には、被告は天理教代表役員土佐忠敏との間に「天理市都市計画事業等に関する寄附金の覚書」なる密約を結んでいる。

(なお昭和二九年の市制実施に当り、天理市は天理教から金八二〇〇万円の寄附を受けて居り、市名に天理の字句を冠したのはその代償であると市民からの誤解を招いている。)

四、原告は天理教高安大教会直属の一信徒であるが、右教団の憲法違反の行為につき甚大な関心を有しているので、天理市長に対し、天理市の市名を山の辺市に変更するよう求める。」

被告訴訟代理人は「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案前の答弁として次のように述べた。

「原告の訴はつぎの諸点からして不適法である。

(一)  原告には権利保護要件、従って訴権がない。

1  本件訴訟の訴訟物が公法関係であることは、訴状の記載に徴し明らかで、本件訴訟は行政事件訴訟として提起されたことが明らかである。

2  ところが行政事件訴訟法二条は同法の適用される事件の範囲を、抗告訴訟、当事者訴訟、民衆訴訟、機関訴訟に限定して居り、このうち客観的訴訟たる民衆訴訟は法律に定める場合において、法律に定める者にかぎり提起しうるものとされて居るから、本訴はそのいずれにも該当しないことが明らかで、不適法というべきである。

(二)  被告には本件訴訟の当事者適格がない。

本件訴訟は市名の変更を請求する訴であるが、地方自治法三条三項によると都道府県以外の地方公共団体の名称を変更しようとするときは、同法上特別の定のあるものを除くほか条例でこれを定め、都道府県の知事の許可を要することになって居り、天理市の条例を制定するには天理市議会の議決を要する(同法九六条一項一号)のであるから、天理市の執行機関にすぎない被告には市名変更の権限なく、被告適格を有しないものである。

(なお天理市の名称を附したことについては、それが行政処分に該るとしても、被告はその処分庁でないから、右取消訴訟について被告適格を有しないし、取消訴訟の出訴期間も過ぎ、また原告は天理市の住民でなく処分取消を求める法律上の利益がなく原告適格を欠いているから、本件訴訟をその旨の訴訟物に変更する余地も全くない。

ちなみに、昭和二九年二月二〇日奈良県山辺郡丹波市町、同朝和村、同福住村、同二階堂村、磯城郡柳本町および添上郡櫟本町は、右町村を廃しその区域をもって天理市を設置したい旨奈良県知事に申請し、これにもとづいて同知事は内閣総理大臣に届出て、内閣総理大臣は昭和二九年三月四日これに異議がない旨の通知を同知事宛に発し、かつ同年三月二五日総理府令第一九七号をもって天理市制承認の告知をし、同知事は同年四月二日奈良県告示第一八二号を以て右町村を廃し、その区域をもって天理市を設置する旨を定めたものである。)

(三)  原告には天理市の市名変更を求めるいわゆる義務づけ訴訟提起の法律上の利益がない。

すなわち行政行為についての作為を要求する無名抗告訴訟が許容されるためには、(1)行政庁の作為義務が一義的に裁量の余地がない程明瞭であって、行政庁の第一次的判断を留保する必要がなく、(2)個人が極めて大きい損害を被り、または被る危険が切迫して居り、(3)他に救済方法がないとき、という要件が満たされることが必要であって、それ以外には行政庁の作為を求める義務づけ訴訟は許されず、本件訴訟が右の要件を充足していないことは極めて明らかである。」

(証拠関係)≪省略≫

理由

原告の本訴請求は天理市が天理なる名称を使用することは憲法に違反するので、被告はその市名を変更せよというのであるが、その請求の当否は訴が法律上許される場合のみ審理判断されるべきところ、本件訴は被告の本案前答弁において詳論するとおりいずれの点から見ても不適法というほかはなく、従って原告が主張する憲法違反の点について判断するまでもなく本件訴は却下を免れない。

よって訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡村旦 裁判官 宮地英雄 安達嗣雄)

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